自分の年齢が信じられない
今年70歳に成ったが、時々信じられなくなる事がある。そんなに時が過ぎたのか?飽きるほど生きた実感がない、などの感慨が頭をよぎる。つい最近まで駅から家まで2Km程の距離をいっきに走って帰っていたのにと、よく考えて見ると30代の頃だと気づき唖然とする事がある。鏡を洗顔の時以外はあまり見る事がないので、今の自身の顔をよく覚えて無いのだ。半世紀以上経っても記憶の中では紅顔の美少年のままなので、そのギャップが恐ろしいほどにある。毎朝洗顔の時に現在の自分の顔を覗き込んではいるが、写ってるのは記憶の中の顔なのだろう。本能的に脳の中で画像変換してるに違いない。だから70歳の自分が信じられないのかもしれない。
青年期に他府に引っ越し、その頃には小学校時代の友人との交流も無くなった。中学、高校と進学するたびに新しい友人が出来、校区が違った友人とも会う機会を無くしていった。またいつかは会えると思っていたが、今となっては探し様も無い。

コロナ禍以降、日本の衰退がこの先どこへ向かうのか気になって仕方がない。
僕が知る限り、日本は戦後曲がりなりにも平和国家を演じてきたが、今回の政府与党の動きは改憲と同時に戦争の出来る専制国家を目指している。
戦前回帰は、戦後一貫して自民党の党是だったのだろう。
ここ数年で日本の状況は大きく変化してきた。僕が選挙権を得て50年、こんなに民主主義の危機を感じたのは初めてだ。政府自民党の方向性があからさまに示される様になって来た。簡単に言えば戦争がしたい。自民党の日本国憲法の改憲草案を見れば、国連の敵国条項が未だ生きているにも拘らず自衛隊を軍隊と明記しようとしている。もちろん不戦の第9条もその方向に変えられるだろう。そして、日米安保条約により極東で紛争が起これば米軍の指揮下に入り最前線で戦わされるのだ。勿論、野党や有識者によって反対運動が起こるが、その時はもう一つの改憲草案「非常事態条項」を発令するだろう。日本国憲法施行から75年、七月の参議院選挙の結果如何ではウクライナ戦争の極東版にならないとは言えなくなる可能性があるのだ。






