運動会とフォークソング

2021年12月16日

小学校の頃の運動会は、徒競走のトラックを囲む様に生徒の家族が幾重にもなり応援していた。しかも、豪華なお重や折に入った弁当は普段には有り付けないほど綺麗に盛りつけられていた。

昼休憩になると、家族の持ってきた弁当を楽しみにトラックの周りにそれぞれが散って行く。おにぎりも玉子焼きも、ウインナーや梅玉までもがいつもの味と違っていた。水筒から注がれたお茶も出がらしのそれでは無く、甘く喉を潤してくれた。

中学生そして高校生になり、家族が応援する風景は無くなってきたが、クラス対抗のリレー走と並んでフォークダンスはいつまでも記憶に残っている。オクラホマミキサー、マイム・マイム、コロブチカ、踊り方はほとんど忘れてしまったが、曲は今でも覚えている。特にコロブチカは当時流行っていたロシア民謡なのでよく知っていた。

今では、それらの曲も聞かれなくなった。甘酸っぱい思い出と共に半世紀の間に思い出す事も稀になっていた。たまたま、YouTubeでオールディーズの曲を検索してフォークソング→フォークダンス→コロブチカに偶然巡り合って、50年以上も前の懐かしい記憶が思わぬ形で呼び覚まされる事となったのだ。

平成20年から小・中・高校においてフォークダンスが必修科されたと、YouTube動画で語られていた。学校では今でもオクラホマミキサーやコロブチカを踊ってるのだろうか。昔のように伸び切ったテープの音楽だけは無いと思うが、それも今となっては懐かしい思い出である。

高校生の頃の思い出には映画がある。ほとんどが洋画で、3本立ての映画館に暇を見つけてはよく行っていた。そんなある日、百貨店の高島屋で活弁付きの活動写真がやって来るとの情報が入った。勿論、活動写真も弁士も楽隊も経験が無かった。先着順だったかで、早くから行っていたので観ることが出来た。そこで、チャップリンが無声映画にこだわっていた理由がわかったような気がした。音声が無いわ途中で字幕が出るわで、今まで観てきた映画と勝手が違った。だが、劇場に響く弁士の声と楽隊の鳴らす音楽、それにチャップリンの「街の灯」それらが一体化して熱く語りかけて来るような感覚に襲われるのだ。そこには、生身の映画と表現したくなる何かが有ったように思えた。